書訪迷談(12):どこか寂れた風景のなかに

 

フィオナの海

フィオナの海

 

 

突然の話になるが私の頭のなかには「はよ日本語版DVD(BD)出してくれリスト」みたいなものが設定されている。VHSでは発売されているのにそれきりになっていたり、あるいはそもそも媒体として出てすらいなかったり、そういう海外の作品が世の中けっこうあるのだ。ときおり祈りが通じてか発売された映画もないこともないが、たいていその気配すらなく、にわか映画ファンとしてはなかなか悩ましい。

たとえばアンソニー・クイン生涯唯一の監督作『大海賊』のBlu-rayを勢いあまって国外から取り寄せてしまったことなどもあるが、十分な語学力が備わっているわけでもなし、どう考えたって日本語で欲しい。加えてとりわけ熱望しているのは『サンタ・ビットリアの秘密』という愉快な佳作なのだが、Y○utubeなどで全編通して観れるもぜんぜん聞き取れないし(視覚的には楽しい)、もちろんそのうち出てくれるだろうなどと楽観はできるはずもない。まあこの手の作品が媒体になるときはたいてい脈絡がなく急である。まるでペリト・モレノ氷河の水の強大な圧力からくる氷河の崩落のように。そのたびにわれわれは飛びあがるほどたまげさせられるのだが、生き抜くコツとしては絶対に期待しないことである。こんな絶望を前提とした生き方、断じてオススメできない。あはは。

 

で、なぜこんな話題から導入してきたかという話だが、実はもうひとつ私が強烈にDVD化を願っている作品がある。その名も『フィオナの海』。VHSはまともに手に入らないし、そもそも再生環境がないし仮に入手したところでどうあがこうが観れない。数年前よく似た題材を用いた『ソング・オブ・ザ・シー』という素晴らしいアイルランド産長編アニメ映画が本邦公開で話題になったとき、この流れでソフト化ワンチャンないかと思ったけど見事にないままだった。もともとがインディペンデントだし、当時の日本での公開も岩◯ホールだったらしいから、規模的に考えれば順当なのかもしれない。だけどそれにしたってねえ。あらすじからしてすごく気になるのだけど、どうにか触れる方法はないものか。

要するに解決策として今回はそういう映画の原作を読んだということなのだ。

映画ではアイルランドが舞台になりロケがおこなわれたらしいが、原作ではスコットランドである。かの地に伝わるセルキーの説話を基にして作られたファンタジーの薫香に溢れる物語だが、こうして見るとヨーロッパ、ことに愛蘭や蘇格蘭においてケルト的命脈というものが根強い下地になっていることが実感される。栩木伸明『アイルランド紀行』の帯に「世界で言葉が最も濃い地」というフレーズが添えられていたのがいまだに印象的だけど、言葉にしても、途絶えることのない多様に湧いてくる想像力にしても、ケルト世界のそうした伝説と伝承の背景なしには考えられない気がする。気がするだけで、気のせいかもしれないけれど。

いやそうだけど、豊かな自然のなかに荒涼とした風が吹きすさび、でもそんな寂れた風景のなかに人々の感情に響いてくるものが目立たずに隠れていて、ここぞというときに「らしきもの」が発揮されてくる。こういうところってフィオナ・マクラウドやジョージ・マクドナルド、あるいはイェイツやジョイス、またあるいはジョン・フォードの映画にさえあったような気がしないかなあ。気がするだけで、やはり気のせいかもしれないだけどね。妄言よ妄言。私はこう感じましたという妄想の証言。

ともかく、あと個人的に『フィオナの海』の幻想的な側面は最低限のなかの十分であり、全体として折々にしっかり個々の人柄や人間模様が見受けられるのが好印象だった。落ち着いた雰囲気に包まれつつテンポのよい展開で読みやすく、映画版を参考して描かれた挿絵も作風と訳文に適っていて実によいものだった。少年少女だけでなく、大人になってから読んでもまだまだ面白い童話じゃないかと感じられる。それぞれタイプや方向性の違いはあれどもルイス・キャロルローズマリー・サトクリフたちと同じように、この作者フライもそんな物語を紡ぎ、そしてわれわれの世界に残してくれたのだ。

それと作中で特に印象深い登場人物、いや登場動物といえばあざらしである。なかでも族の長チーフ・タンのどこか人間臭いところがたまらなくかわいい。フライはかなりの動物好きだったらしくその種の作品をたくさん書いているようだが(なぜか全然訳されていない)、そうした強みがケルトの幻想的な伝承と結びついた好例として本作が完成したと言える。もちろんあざらし妖精のセルキーはたしかにただの伝説かもしれないが、フィオナが弟を想い続けたことがたとえ紙上の文字としてあるいはスクリーン上の映像表現として表現されたにすぎないものであるにしても、人が誰かを想う気持ちというのは嘘にはならない。現実にファンタジーは存在しないかもしれないが、現実を生きるのに必要なファンタジーはあると思われる。ファンタジーは現実を生きやすくしてくれるから。

 

映画版のトレイラー↓

https://youtube.com/watch?t=0h0m0s&v=-dT-BCVjKkA